無機質な会議室の中、若い科学者が持論を展開していた。
前髪をかきあげ、細淵の眼鏡の奥の瞳を揺らして。
理論も声色も完璧な彼の言葉は、まるで歌うかのように。

「…私は、こう考えているのです」

世界は、死に絶えようとしている。

「何故ならば」

世界が、我々を拒絶しているから。

「我々はどうすれば良いのか」

死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。

例えそれは我々のエゴだとしても。

「行動を、起こすべきなのです」

ヒトがヒトであるために。
どれだけ醜かろうと、
生き延びるために。

「…私は、生き延びる術を、知っている」


円卓に腰掛ける老いた同僚の科学者たちを見回して。
白衣の青年は口元を歪めるように、笑った。



* * * * *


広くて真っ黒な空が見下ろしている。
僕の血に塗れた瞼が、はやく眠れと急かしている。
裏路地の打ち棄てられたガラクタの上に、打ち棄てられた僕というガラクタは、
どこからも必要とされないのだから。

「――アイン」

涼やかな彼女の声が、僕の名前を呼ぶ。
僕の手を無理矢理引っ張って身体を起こすと、大きな紅の瞳で睨み付ける。

「どうしてそんなに、喧嘩ばかりするの?」

僕が売ったんじゃない。
あいつらが突然絡んできたんだ。
昔のスリ仲間だから、足抜けした僕を妬んでるんだろう。

そう言いたいのに、言い訳してるみたいなのが恥ずかしくて。
ぶっきらぼうに「別に」と答えてしまう。
ため息と共に「帰るよ」と言って、彼女は歩き出した。

世界は病んでいる。
ヴェノムという名の毒が絶えず吹き出るこの大地の上で、腐敗の進むシェルター
都市に身を寄せ合う人間は、金銭的にも精神的にも貧しい。
だから他人のものを、例え命ですら奪ったところで誰も気に留めない。

孤児や貧乏人は、日々を生きるのに精一杯すぎて。
ましてや金持ちは、スラムのクズなんかに目もくれない。

そんな、生きていくことさえも難しい環境。
だから親に棄てられた僕のような境遇の孤児は、少なくない。
例え施設に入れられたとしても、どこも資金難や食糧難を抱え、結局子供たちは
犯罪に染まってでも自活しなければいけない。
僕だってそうだった。それが間違いだなんて思わなかった。

でも。

僕の目の前を胸を張って歩く、ふたつ年上の姉――のような存在と勝手に思い込ん
でる彼女、ソフは「いけないことだから」と、それを良しとしなかった。

なんて戯言だろう、と最初は思った。
元々裕福で、たまたま人のいい両親に育てられただけで、こんなにも人間は綺麗
事を口にできるのかと。

でも、そうじゃなかった。
施設の子供に半殺しにされかけていた僕を庇いながらソフは叫んだ。

「そんなことしたら、ダメじゃない」

彼女は決して、信念を曲げなかった。
簡単にねじ伏せられてしまいそうなほど華奢な身体をしてるのに。
触ったら折れてしまいそうなほど白い腕をしてるのに。
ソフの静かな紅い瞳は、決して弱さを見せなかった。

だから、僕は彼女を護りたいと思った。

悪事を働いて恨みを買ってきた僕と、施設の外で一緒にいれば、ソフは見当違い
な悪意を向けられることだってあるのだから。

先に行くと告げ、僕は呼び止めるソフを無視してさっと路地を抜け、喧騒にまぎ
れるように施設へ向かった。



* * * * *


走り去るアインは、すぐに行き交う人に紛れて見えなくなってしまった。
わたしはため息をついて、再び歩き出す。
帰るといったのだから、きっと素直に戻るのだろう。彼はウソはつかないもの。

アインは昔に沢山悪いことをしてしまったせいか、今でもその頃の仲間に絡まれ
ては喧嘩になるみたいだ。
また同年代の少年たちから見ればアインはとても身体が小さく、孤児院でもよく
いじめられていたのを思い出す。
だから今でもあまり他人を信用しないし、つっけんどんなところもある。
そんな姿はどこか脅えた子犬を髣髴とさせた。
だから、護ってあげたい。とにもかくにもそう思う。

ただ、まあ。
アインも14歳だから、なんというか、複雑な年齢なんだろうな。
お姉さん風を吹かせてるわたしを、彼は鬱陶しいと思うのかしら…?

考えこんでも仕方がないか。
「さあ、先生に頼まれた買い物を済ませなくちゃ」
今日の晩ご飯は、レシピから見てシチューみたい。何ヶ月ぶりだろう!
きっとこの間手伝ったお仕事の実入りがよかったんだわ。

「確か給仕係がアインだったから、ニンジン避けないように見張らなくちゃ…ん?」
ひとりごちていて、気付かなかった。
気付けばわたしの周りを、黒服の男たちが数人で囲っている。

「…な、なに」

「来い」

ただそれだけ言って、リーダー格っぽい男の人が一歩踏み出してくる。
後ずさりした瞬間、背後から頭に黒い布を被せられた。

「――!」

視界が閉ざされたなか、ものすごい痛み――というよりも衝撃が鳩尾にめり込むのがわかった。
意識が遠のく中、ぼんやりとドアを閉める音、車のエンジンがかかる音を、聞い
た気がした。